けさ、会社のコンビニで朝食を買ってスイカで支払ったところ、残金が11111円でした。何年か前、新年初のキャッシュコーナーでお金を引き出すと77777円(少ない)だったことがあります。隣の席の地黄八幡さんは「宝くじ買いだ」というので、みずほ銀行本店に買いに行きました。ロト6を2000円、スクラッチを2000円買いました。スクラッチは1等100万円のものと指定したのに、帰って削ると50万円のものでした。結果は200円1枚でした。窓口で間違えられたのですが、開封後は宝くじも返品できないのでしょうか。

今、「日本カジノ戦略」という新潮新書を読んでいます。ラスベガス経験のある人の「カジノ論」です。べガスの歴史やホテルの盛衰が書かれていてとても面白いのです。その中に、私が95年に行った時に泊ったシェラトン・デザート・インが身売りして、付属のゴルフ場以外は、かつての面影を知ることはできないという記述がありました。

これは地元新聞社の人が撮ってくれた写真
つまり、時代の流れを読み間違うと、すぐに潰れるラスベガスの競争の激しさがあるのです。当時は、この本の中にもあるように、ホテルは外から来たファミリーでも楽しめるテーマパーク型に特化するか、地元客に密着した大衆型カジノにするかが、生き残りの転換点でした。ところがデザートインは名門の看板を背負い、流れに取り残されたようでした。
今、振り返ると、そこのカジノは客が極端に少なかったのです。実際、スロットも全然出ませんでした。また、カジノスペースを通らないと客室に行けないという構造にもなっていませんでした。そもそも、治安視察ツアーで訪問したのですが、内部のセキュリティシステムを撮影させてくれること自体が、この本を読んだ後、考えるとおかしいのですね。隠しカメラでゲームをVHSテープに録画しているというシステム自体が、当時ですら遅れていたのでしょう。

スターダストホテルは昼食で行った。キノの部屋は盛況だった
べガスの大型人気ホテルだったスターダストが倒産して爆破されたのはニュースで知っていました。14年たって、街の雰囲気は大きく変わったのでしょう。死んだ妻も、私のべガス体験を話すと、アメリカ嫌いなくせに、行ってみたいと話していたことを思い出します。つまりドレスに着飾ってプレイすることです。まー、テニアン島のカジノで、マレードレスを着てルーレットができたことが、せめてもの思いでになったでしょう。
さて、ロトが億円当たったら、部の旅行でラスベガス行きを宣言します。みなさん祈って下さいね。宝くじはギャンブルだと思いますが、こうした夢想をさせてくれる対価としては相応なものと、先の筆者は書いていました。カジノも非日常の世界体験で一瞬の勝利に酔うことが、リピート客を引き付けるそうで。
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